MUI

思い描くユーザーインターフェイス

2020年4月29日

デザインについて

『文系UIへのいざない』を書きました

2020年2月29日に参加予定だった技術書典8に合わせて『文系UIへのいざない』という同人誌を書きました。

文系UIへのいざない
【物理+DL版】文系UIへのいざない

技術書典に合わせて書きましたが、技術書とは呼べないかもしれません。本の形でユーザーインターフェイスを思い描く試みです。電子書籍データのみのDL版もあります。販売中なので、興味があればぜひご利用ください。

文系UIとは

『文系野球』という言葉をご存知だろうか。文系野球とは、野球をプレイするのではなく本を読んで楽しむ野球のことである。(……)思えばユーザーインターフェイス(UI)についても、デザインするのではなく、それに関する文章を読む楽しみ方もあると気がついた。

本書『序』より

世の中にはたくさんのユーザーインターフェイスに関する読み物があります。古典や良書と呼ばれるクラシックな本からトレンドを取り上げた雑誌、ブログやツイートも。UIデザインの仕事をプレイとすれば、これらの読み物はUIの文系といえます。そういうわけで、UIという技術について縦書きのテキストを書いてみることにしました。

三つのテーマ

『名と呪』、『バーチャルとリアリティ』、『自慢と勧誘』という三つのテーマに分けて書きました。

名と呪

ものづくりをするひとならだれでも、命名で悩んでしまうことがあるのではないでしょうか。私なんかは、好きな曲を集めたプレイリストの名前をつけるのでさえも悩んでしまいます。この、名づけるという行為について考えました。

数年前から『陰陽師』シリーズにハマっています。安倍晴明はものの名を呼ぶだけでそれに呪(しゅ)をかけてしまいます。命名によってオブジェクトの在り方を定める、つまりモデリングをしているかのようです。さらに、『カードキャプターさくら』では、さくらはカードの名前を当てることによってオブジェクトをこの世に見出しています。

ファンタジーの世界では、かなり本格的に名前がその在り方を定めているようなのです。『名と呪』では、ファンタジックなコンピュータの世界にも同じような原理を説明しようとしています。

バーチャルとリアリティ

『ゲームウォーズ』をご存知でしょうか。名作ゲームやアニメ、特撮のパロディがふんだんに登場する面白いSFアドベンチャー小説です。この作品に登場する大好きなキャラクター、ハリデーとモロー、そしてバーチャルリアリティについて語っています。

バーチャルリアリティの「バーチャル」とは、システムの設計者が創造する仮想世界のことであり、一貫性があってユーザーに錯覚(ユーザーイリュージョン)をもたらすとしています。であれば、UIの最大の目的はユーザーイリュージョンを実現することです。実現には、仮想世界の対象を直接操作すること(ダイナミック・マニピュレーション)が不可欠でしょう。このようにして実現されたユーザーイリュージョンが、システムにおけるバーチャルだと言おうとしています。

また、バーチャルリアリティの「リアリティ」については、なかなか難しく、仮に三つの提示をしています。システムのなかでユーザーが経験する現実感のこと、システムでは失われてしまった潜在的な情報のこと、システムでの体験から生じるユーザーの感情のこと、としました。

自慢と勧誘

えいや、という気持ちでやや大胆に自分語りをしました。いまUIデザイナーをしていて私は恵まれているという自慢と、ほかの多くのひとにもUIデザインをしてもらえたらうれしい、ぜひしてみないか、という勧誘です。

その後

『文系UIへのいざない』ではたくさん引用していて本オタクのようになってしまいましたが、ここでさらに二冊、取り上げさせてください。

深追いと目移り

原稿を書き終えてから『勉強の哲学 来たるべきバカのために』を読みました。勉強しはじめると深追いのしすぎと目移りを繰り返し、きりがなくなってしまう……。これとある程度でよしとして、有限化することについて書かれています。

今回はこの本がとても身に沁みました。つまり『文系UIへのいざない』では、可能な限りの深追いと目移りをした、ということです。UIからはじまって、陰陽道、カバラ、老子、漫画、SF、虐待の定義など、ほとんど関連性のないような領域にまで手を伸ばしています。だいぶ支離滅裂かもしれませんが、しかし、すべてがUIへの道につながっているように見えたのです。

ケア

もう一冊、『ケアの本質』という本も読みました。対人援助に限らず、両親が子どもを、教師が生徒を、芸術家が作品をケアする関係において共通のパターンを示しています。作家が主題の要求するところを感じ取り、その主題が発展していくよう能力を発揮しなければ主題をケアしているとはいえない……。作家は作品を完成していく過程で成長していくものであり、真に重要な問いは作品が完成したあとに待っている、と。それは「私は今度はなにをケアしていけばよいのか」という問いです。

『文系UIへのいざない』を書くことで、本当に私はUIをケアできたのでしょうか。そして、つぎはなにをケアすべきなのでしょうか。

とにかく誤字脱字の凄まじさを反省しております。お気づきの点はお知らせください。ご感想などいただけたら、これ以上有り難いことはありません。