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思い描くユーザーインターフェイス

文章を理解すること

専門書やブログ記事などの文章を読んで理解することについて書きます。 そもそもは「専門家に向けて書く文章はわかりやすくやさしい方がいいか」について考えていたのですが、そのうちに文章を理解すること自体について考えるようになりました。 何故かなりゆきで、現代文の点数を上げる方法も書いています。 理解、共感、感動の段階構造 まず文章を読んだときに、私たちがどのように段階を踏んで意味を受け取っているかを考えました。 「理解はできるが共感できない」という台詞があってもこの逆は聞いたことがありません。ベースに理解があり、その上に共感や感動が成り立つものだと考えます。 理解は「リテラシー」と呼ばれるように認識に関わり、人間が訓練で発達させられる社会的な能力です。共感は個人の内面で起こる感情的な反応で、社会生活を送る上で必要になり、生活のなかで豊かにできるものだと思います。感動は共感と同じく内面で起こりますが、より感性に作用する現象であり、本人が努力して感動するなどコントロールすることはできないでしょう。 つまり理解は技能の一つで、個人の感性に左右されないのです。 では次に理解に正解はあるのかということですが、そういえば遠い昔の学生時代にやった現代文の試験には正解がありました。 現代文でいう正解 現代文のテストは出題、問、答えで構成されています。問の答えは出題の中に存在するので、問に対応する部分を出題から的確に抜き出して答えます。必然的に、答えには出題で使われている言葉が用いられます。答えにはこの単語が入っていれば正解、という具合です。もしかして登場人物の心情を推測して回答していませんでしたか。 このことから、専門書やブログ記事の内容の完成度には関係なく、文章への理解は可能なはずです。 専門書はわかりやすくなくていい 以上のことから、理解は感性とは異なったアビリティであるので、当然、専門家が

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yumemi

UIデザイン、サービスデザインをしたり、iOSアプリを個人開発したりしています。