MUI

思い描くユーザーインターフェイス

『文系UIへのいざない』を書きました

2020年2月29日に参加予定だった技術書典8に合わせて『文系UIへのいざない』という同人誌を書きました。 技術書典に合わせて書きましたが、技術書とは呼べないかもしれません。本の形でユーザーインターフェイスを思い描く試みです。電子書籍データのみのDL版もあります。販売中なので、興味があればぜひご利用ください。 文系UIとは 『文系野球』という言葉をご存知だろうか。文系野球とは、野球をプレイするのではなく本を読んで楽しむ野球のことである。(……)思えばユーザーインターフェイス(UI)についても、デザインするのではなく、それに関する文章を読む楽しみ方もあると気がついた。 本書『序』より 世の中にはたくさんのユーザーインターフェイスに関する読み物があります。古典や良書と呼ばれるクラシックな本からトレンドを取り上げた雑誌、ブログやツイートも。UIデザインの仕事をプレイとすれば、これらの読み物はUIの文系といえます。そういうわけで、UIという技術について縦書きのテキストを書いてみることにしました。 三つのテーマ 『名と呪』、『バーチャルとリアリティ』、『自慢と勧誘』という三つのテーマに分けて書きました。 名と呪 ものづくりをするひとならだれでも、命名で悩んでしまうことがあるのではないでしょうか。私なんかは、好きな曲を集めたプレイリストの名前をつけるのでさえも悩んでしまいます。この、名づけるという行為について考えました。 数年前から『陰陽師』シリーズにハマっています。安倍晴明はものの名を呼ぶだけでそれに呪(しゅ)をかけてしまいます。命名によってオブジェクトの在り方を定める、つまりモデリングをしているかのようです。さらに、『カードキャプターさくら』では、さくらはカードの名前を当てることによってオブジェクトをこの世に見出しています。 ファンタジーの世界では、かなり本格的に名前がその在り方を

2020年4月29日

デザインについて

Smallx Camp #5

2月17日、Webを中心としたデジタル業界の現場にフォーカスしたFacebookグループ『Smallx Camp』の第5回目となるライブ配信にゲストとして参加しました。 こちらではUIデザイナーとして紹介いただき、事前にいただいた16個の質問に回答しました。ライブ配信の内容とは完全に一致しませんが、質問の回答をいくつかピックアップしてまとめました。 まず回答の前に、ここでいう「UI(ユーザーインターフェイス)」を以下のように定義しました。 認知と物理的特性という二つのかなり異なる方法で存在するものの間での相互作用によって説明できるという意味において、インタフェースなのである。インタフェースが持つ重要な性質は、人間の感覚―運動系の協調と人工物の反作用とを、そのインタフェースに参入する人間が理解でき、また、そこで快適に感じるような力動的全体に織り込むということである。人体は、相互作用する人工物と同様に、インタフェースを構成する一部なのである。 p.87 意味論的転回―デザインの新しい基礎理論 好きな概念はなんですか? 私の好きな概念は「デザイン」です。森田さんは「アクセシビリティ」「コンテクスト」、坂本さんは「イノベーション」、和田さんは「ストーリー」と答えていました。 UIデザインを今学ぶのにおすすめの本を教えてください 「今」という言葉に、今現在のUIデザインという意味と、今これから学ぶには、という二つの意味を感じました。この二つに重なる本を挙げるなら『はじめてのUIデザイン』をおすすめします。現在へ至るUIの変遷がある程度体系的にまとめられており、今どきの現代文で書かれています。 手書きのノートをTwitterであげられていますが、メモは手書きが多いですか? デジタルではなにか使ってるアプリとかありますか? メモは手書きが多いです。iPhoneで図画してメモを取るのは面倒

タコの心身問題を読んで

『タコの心身問題――頭足類から考える意識の起源 ピーター・ゴドフリー=スミス』こちらの本の要約と解釈、UIデザインへの思い描きです。比較心理学から主観的経験と認知を理解するアプローチとして読み始めましたが、意外な感想へ帰結しました。 タコの不思議 ヒトとは全く違う進化を辿り、ヒトを含む脊椎動物とは異なるつくりの心身をして、頭脳的な精神活動…“心”を持ちながら2年程度の寿命だという、くにゃくにゃの頭足類、タコ。我々脊椎動物は頭にある脳にニューロンという神経細胞が集まっているが、タコはニューロンが密集している部分が身体中にある。タコは脳と身体の区別がなく、自分の腕は自己であり他者でもある。腕で味わって腕で考える。ちなみに心臓は3つある。 精神機能の内面化 進化史上重要な内面化が二つあった。内面化とは、他者とのコミュニケーションのためにつくられた機能が、自己とのコミュニケーションに使われるようになることを指している。 一つめは単細胞生物から多細胞生物になって、外界を感知し外界に何かを発する道具として神経系が生まれたとき。神経系を持つようになり、感覚から外界の情報を入力されると、これを行動として出力するループができた。そうすると今度は、自分の行動によって外界が変化したときに「これは自分の行動が原因で起きた結果だ」というフィードバック(再求心性情報)をただしく得られなければならなくなった。 しかしフィードバックは行動の直後に起こるとは限らない。自分が外界に起こした変化の結果を、あとから確実に知覚できるようにしたい。時間経過への対策をしはじめた。現在の自分の行動と未来の結果を確実に結びつける再求心性ループを持つようになった。簡単にいえば自分にメモを残すこと、外部記憶をつくることだ。重要な内面化の二つめは、言語が思考の道具として使われたときである。 インターフェイスと外界 外部記憶をつく

新しい名刺ができました

11月に自分の名刺がなくなったので、やっと新しくつくりました。どのように考えてデザインしたか、コンセプトを記録して共有します。 二面性を保って活動していく 会社の受付やテーブルで見せるビジネスな自分と、カジュアルなイベントでの飾らない自分とで、見せたい顔が違うことについてどうしていこうか考えていました。仕事用と個人用で名刺を分けるか? いや、どちらも自分の一面にすぎないし、ここは紙の持つ表と裏という性質に助けてもらって、私は多面的に自由に活動できるようにしていこうと思い一体の名刺にしました。 受け取ってくださる方にどう思っていただきたいか そもそも私の名前は読みにくいです。しかし、読みにくいと思っていただきたくない。目で字を覚えてもらえるように、オーソドックスな骨格で「奈」と「良」が特に美しいDNP 秀英角ゴシック金 Stdにしました。さらに、ふりがなを読むのが恥ずかしくないよう、ややわざとらしく格好つけたふりがなの表現をしました。この名前だからできる表記になりました。表面の清潔感を重視し、エッジカラー加工はしませんでした。 主にデザイナー同士で交流するときに使う方の面では、もう、色!自分のマーク!スクリプト書体!当然Twitterしてるよね?これID!小さいアイコン並んでるの好きでしょ?私は好き!そういう自己愛と偏見を正面から露呈しています。あなたの感性を刺激したい!コミュニケーションしようよ!という気持ちで。 正方形の可愛さに迫る 私は、なぜか正方形の名刺をもらったとき、寂しい気持ちになることがあります。おそらく通常の55x91mm名刺と比べて面積が少ないので、プレゼントが思ったより小さかったときみたいな期待の落差が起こっちゃうのだと思います。そこで、このスクエアという形にしかできない、落差を埋めて余りある特別を実現したいと思いました。 この名刺でやってみた方法は「中央

2018年12月22日

デザイン

アートとデザイン

かれこれ2007年にデザイン学科の道に進んで以来、私にとっては頻繁に登場するテーマです。 デザイン VS アート デザインは生産的で、アートは道楽。そうです。なので役立たずなアーティストはいりません。 デザインは問題解決で、アートは感性の表現。そうです。なので標識や広告はこの世の問題をすべてなくしているし、アートが街中やインターネット上で誰かを手助けすることもありません。 デザインはクライアントがいて、アートは食っていけなくてもそれで生きること。そうです。なので世の中に貧乏なデザイナーはいないし、いつも高値で作品が売れる作家もいません。 つい意地悪な言い方をしてしまいました。金、労働、社会貢献度…これらでデザインとアートの関係を計るのは限界があるでしょう。   アートとデザイン 自分があまりに未熟で自信がないため、誰かの文章を引用したり根拠を見繕ったりせずに直球に書きます。仮説や経過報告くらいのつもりです。 アートは人の文化活動すべてに息づいているものだと思います。 人のする創造を文化活動、創造の形と力をアート性と呼ぶことにしましょう。アート性は社会に生産的に働きかけます。建築物、衣類、食べもの、本、暮らしや仕事に使う道具やソフトウェア、webサービス、路上のオブジェなど、あらゆる文化活動でアート性が生きています。 人の創造は社会に影響を与えます。これを人が計画して成すことをデザインと呼べるのではないかと考えています。 芸術作品は創造においてアート性そのものが暴かれたもの、というように感じています。私がよく思い浮かべるのはコンスタンティン・ブランクーシの『空間の鳥』です。 ひいてUXやゲームのグラフィカルは、デザインされたアートとでもいうのでしょうか。   おわりに 私の持論がなかなか弱くて締まらないので、芸術工科大学でお世話になりました松村 泰三教授の

文章を理解すること

専門書やブログ記事などの文章を読んで理解することについて書きます。 そもそもは「専門家に向けて書く文章はわかりやすくやさしい方がいいか」について考えていたのですが、そのうちに文章を理解すること自体について考えるようになりました。 何故かなりゆきで、現代文の点数を上げる方法も書いています。 理解、共感、感動の段階構造 まず文章を読んだときに、私たちがどのように段階を踏んで意味を受け取っているかを考えました。 「理解はできるが共感できない」という台詞があってもこの逆は聞いたことがありません。ベースに理解があり、その上に共感や感動が成り立つものだと考えます。 理解は「リテラシー」と呼ばれるように認識に関わり、人間が訓練で発達させられる社会的な能力です。共感は個人の内面で起こる感情的な反応で、社会生活を送る上で必要になり、生活のなかで豊かにできるものだと思います。感動は共感と同じく内面で起こりますが、より感性に作用する現象であり、本人が努力して感動するなどコントロールすることはできないでしょう。 つまり理解は技能の一つで、個人の感性に左右されないのです。 では次に理解に正解はあるのかということですが、そういえば遠い昔の学生時代にやった現代文の試験には正解がありました。 現代文でいう正解 現代文のテストは出題、問、答えで構成されています。問の答えは出題の中に存在するので、問に対応する部分を出題から的確に抜き出して答えます。必然的に、答えには出題で使われている言葉が用いられます。答えにはこの単語が入っていれば正解、という具合です。もしかして登場人物の心情を推測して回答していませんでしたか。 このことから、専門書やブログ記事の内容の完成度には関係なく、文章への理解は可能なはずです。 専門書はわかりやすくなくていい 以上のことから、理解は感性とは異なったアビリティであるので、当然、専門家が

UIデザイナーの使命

この記事をもう二ヶ月ほど書いていて、その前からずっと感じていたことがあります。デザイナーの役割は、問題解決をしKPIにコミットすること。そうなのでしょうか? 特に自分がユーザーインターフェイスのデザインに携わるようになってから、よく感じるようになったのです。 インターフェイスが操るもの 『パーソン・オブ・インタレスト』 シーズン3 第12話『真理』で、登場人物のルートはこのように言います。 「私よ 私がインターフェイスなの」 あらすじはこうです。 犯罪の可能性を予知するスーパーコンピューター“マシン”をアメリカ政府が悪用しようと、マシンからの信号を受信しているルートを拷問する。 彼女はマシンに陶酔しているので正義からの動機ではないのですが、結果としてマシンが魔の手に堕ちることを防いだことになります。この物語では、マシンと交信する主人公たちは、世界中の人の運命を操っているといえます。しかし、もしもインターフェイスが魔の手に堕ちたら、一体どうなるのでしょう? インターフェイスを操る者 プロダクトのインターフェイスを使う者をユーザーとして、インターフェイスを作り、操る者のことをUIデザイナーということにします。そしてさらにインターフェイスを操る者を操る者がいます。 インターフェイスを操る者を操る者 それはUIデザイナーの雇い主や、意思決定者、ユーザー、仕事仲間や『デザイナーの役割は、問題解決をしKPIにコミットすること。』というようなもっともらしいスローガン。私がずっと感じていたのは「UIデザイナーは操られている」ということです。自分で考えてというより、誰かに言われるがままプロダクトを作っている感覚です。魔の手に堕ちたらどうなるか。実際にはもう堕ちつつあるのかもしれません。 使命 UIデザイナーは何に従えばよいのでしょう。UIデザイナーの使命は何でしょう。 二ヶ月考えてひとつだけ

プロフィール

yumemi

UIデザイン、サービスデザインをしたり、iOSアプリを個人開発したりしています。